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ハワイに住むという事2

  |  12.06.26
観光目的の入国で許されるのは最長90日までの滞在。
勿論、ヴィザは必要ないし、現在の様にESTAも必要なかった。

強引に、ノーヴィザで入国できたホノルル。
持ち込んだ生活用品は、夫婦で各2個のスーツケースにとどめた。
滞在予定は正直に「89日」と申告し、長期滞在の理由は「20年間働いてきた会社からのご褒美」とした。
意外と簡単に入国できた。

2001年12月16日、半分後ろめたい気持ちもありつつも、まずは、めでたく「ホノルルの住人」となった。

学校が始まるのは、年明け早々。
それまでは、ダウンタウンの「ホノルル・シティー・ライツ」を始めとする、クリスマスムード満々のアメリカン・テイストに乗せられて、浮かれて過ごした。
Snowman.jpg
とにかく、街中がキラキラと輝いていた。

このクリスマスムードに少しでも追いつこうと、日本の住宅事情では買うことをためらったかもしれない大きめのクルスマスツリーをKマートで購入してみた。

大晦日には、ダウンタウンを一望できる我が家の窓からは、雲海かと思うほどの爆竹の煙に街全体が覆われる様子や、アロハタワーで打ち上げられるカウントダウンの花火に見とれながら年を越し、お正月には日系の友人宅に誘っていただき、ハワイ的和風なおせちなんかをつまみながら、これまでの旅行では味わえなかったハワイを体験できていることに感動していた。

浮かれている内に、あっという間に2週間近い時間が過ぎ去り、年明け早々、語学学校の入学式の日がやってきた。
UHのマノア・キャンパス内にあるN.I.C.E.と言う語学プログラムに通うことになっていた。
こちらのヴィザ事情は学校のオフィスに説明していたので、週19時間以下の授業数を条件に入学を許された。
10 WEEKSのプログラムに申し込んでいたので、今回の入国方法では最後まで授業を受けられず、いわゆる「卒業」は出来ないのだが、とにかくいい年をした「学生」になることが出来た。

入学式当日、会場の(たしか)Kuykandall Hallの入口付近で所在なげにオープンを待つ若い人達の中に、二回りほど年齢の離れた40絡みの僕がいた。「絶対に自分は学校内では最年長の新入生」だと覚悟をしていたのだが、フタを開けると、同世代もパラパラいたし、もう一回り上の人もリタイヤ後に入学した人もいたりした。

さて、入学式会場への入場時となり、順次入場してゆく中、何人かの若いアジア系女性がスタッフと思われる白人にジョークを言いながら入場してきたり、そのスタッフが登壇するときに野次ったりなんかしていて、「君等、ここまでしゃべれるんだったら、N.I.C.E.に通う必要ないやん?」なんて思って萎縮する自分もいた。
でも、実は慣れの問題で、この3ヶ月後には、次のセメスターの入学式で同じような行動をとっている自分がいたのだが。

入学式のあとには、適性検査的なものが実施された。
リスニング、グラマー、そして個別のインタビューで会話のスキルを試されるオーラル・プロダクションだ。
802でカマサミ・コングと仕事をしたり、外国人アーティストのインタビューに接することも多かったせいか、前から弱かったグラマー以外は、HIGH INTERMEDIATE(上から2番目)にカテゴライズされてしまい、後々、度肝を抜かれるような単語が続出する授業に参加させられることとなる。
まぁ、後になってみると、その厳しさのお陰で上達した面も確かにあると思うのだが、、、

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よく休憩時間に和んでいた中庭- Kraus Hall

「学校内母国語禁止」「先生、生徒同士もファーストネームで呼び合う事」など、幾つかの決め事があった。
授業の進め方、キャンパス内の雰囲気、カフェのメニュー、、、すべてがアメリカで、ハワイだった。
授業以外でも、時には誰かのコンドに集合して、先生を交えてBBQをしたり、ビーチにピクニックに行く事も珍しくなかった。

クリーブランド育ちのクリス、アメリカ至上主義のマイケル、間違いなくヒッピー上がりのマリリン、クールでスマートなシャイラ、イギリス訛りの抜け切れない「武士」クインティン、最後の最後まで日本語がペラペラであることを悟らせなかったビビアン、、、
そんな個性的な先生たち

10年間、OLとして働いた自分へのご褒美で3ヶ月だけと決めて来ている子
語学学校に居られるだけいて、その間に現地の男を見つけ、結婚して永住できるよう画策する子
将来的にメインランドの大学へ行くため、クッションとしてハワイで英語を勉強中の金持ちの香港人の子供
会社内の昇給テストに合格し、会社からの資金サポートを受けてまじめにTOEIC800点に狙いを定めている子

色々いたけど、それまでの人生で出会うことの出来なかった年齢や育ちの人たちと出会えた。

そして、楽しいホノルルぐらしの10 WEEKSはあっという間に過ぎていった。