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あの頃の東京ライフ〜1

  |  12.03.21
死期が近いわけでもないだろうに、何故か自分の仕事歴的なものをまとめるのにハマっている今日この頃。

プロフィール&ヒストリーで使用する過去仕事の画像なんかを探していると、
30年ほど前、アミューズ在籍中に関わった懐かしい音源のジャケ写なんかにも再会した。
あの頃も、今と変わらず「便利屋さん」で、ちょこちょこといろんな現場にいっちょかみしたのだが、細かいのを挙げだすと切りがないので、きちんと関わったものだけ並べてみる。

まず、東京に転勤になって嘉門達夫の東京マネージャーを仰せつかる。
で、直近の大仕事が、メジャーデビューだった。

ラッキーなことに、大ヒットとなったデビューシングル。
Tatsuo01.jpg
ゆけ!ゆけ!川口浩!!/嘉門達夫(1984年6月)

確か、イキナリ30万枚(だったかな?)売れて大騒ぎ!
カップリングは「あったらコワイセレナーデ」のLive @阪神百貨店屋上
ま、早い話が、営業の同録ですわ。ギャラもらいながらレコーディング完了!というお手軽さ。

日テレの日曜日お昼の関東ローカルの番組でのコーナーレギュラーも決まり、なんか順風満帆の日々。
その時の若手担当ディレクターが、今や映画監督として活躍する水田伸生氏。
毎週、いろんなところにロケに行って「ゆけ!ゆけ!〜」のパロディー映像を作ってました。
おされなメディア生活を送る水田さんには、表参道〜神宮前付近のナイトライフをご指導いただきました。

で、今ヒットの追い風を受け、デビューアルバムを作ってしまおうというコロンビアさんの大英断!

レコード制作の経験があったわけでもない当時の僕には荷が重く、森雪之丞さん+平石えっちゃんにお手伝いをお願いすることに。

怖いもの知らずの達夫と僕は、言いたい放題!
曲ごとにお願いしたいアレンジャーさんや参加ミュージシャンをリストアップし、とんでもない豪華な内容となってしまいます。

「ゆけ!ゆけ!〜」でもお世話になった新田一郎氏は勿論、加瀬邦彦さん、馬飼野康二さん、戸田誠司くん、
そして、極めつけはあの大御所、宮川泰さん(いや、大先生か!?)!!

思えば、この時、一気にいろんなタイプのアルバム制作の勉強をさせてもらいました。

そして出来上がったのが、このアルバム。
Tatsuo3.jpg
「お調子者で行こう」(1985年6月)

分かる人にはわかる、当時のサザンの最新アルバム「人気者で行こう」のパロディーです。
この背中は、後輩ガンちゃんの弟さん。残念ながら若くして亡くなってしまいましたが、、、

正確な数字は忘れましたが、このアルバムも結構売れて、日本コロンビアの「ヒット賞」に参加させてもらった事も思い出しました。

この記事のリンクを貼るのでWikipediaを見て思い出したのですが、、、

このアルバム、無事完成したものの、2曲がレコ倫の審査に引っかかって、差し替え→発売延期になってしまったたのでした。そんなにひどい歌詞じゃなかったのになぁ〜

でも、逆にこのことがまた話題となって、ゲスト番組とかでのトークネタには事欠かないのでした。

で、当時関わったアルバムリスト的に一気に掲載しようと思っていたのだけれど、余談や思い出話が蘇ってきて、思いの外長くなったので、ほかのアーティストは、また別の機会に、、、な訳で、続く〜です。